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今までもアニメとかってちょくちょくネット上では見ていたんですが、
最近日本が恋しくなったとき、とか、PC作業のBGMにアニメっていうパターンが増えました。

この吉浦康裕監督の「イヴの時間」。
絵がとてもキレイで、話もおもしろい。
テレビプログラムとしては、2ヶ月に一度くらいの放送らしいです。
# by ayucof | 2009-03-02 15:40


official music video
http://www.youtube.com/watch?v=NZOJsIlAgpE

Down on my knees, I'm begging you,
Down on my knees, I'm begging you,
Down on my knees, I'm begging you,
Please, please don't leave me....

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# by ayucof | 2009-02-20 08:11 | music
そんなわけで、私は谷崎潤一郎が好きです。
好きとはいってもお恥ずかしながら、刺青・秘密、痴人の愛、しか読んでいませんが。
ただ、刺青はその女性の美しさへの尊敬とも取れる嗜虐性とか、芸術至上主義的な
主人公のクレイジーさとかに何か満たされる感じがしたのを覚えています。
耽美ということば、英語に訳したとき、aestheticismとなるようですが、
これは、美に耽る、美しいものに囚われて快感を伴いつつ没頭するイメージの
耽美とは少し違うと思います。

そんなわけで。。
春琴抄と、陰翳礼賛をベースとして演出家サイモン・マクバーニーさんが演出された舞台、
"shun-kin"をロンドンのバービカンセンターで見てきました。
陰翳の中にこそ美がある。
これは私も常々考えていたことですが、日本語はポシティブを表す言葉よりも、
どちらかというとネガティブを含ませた表現、言葉のほうが多いと思います。
そこに、憂い、妖しさなど、妙な魅力のある言葉。
影のある女性が妙にモテたりするのも日本特有かもしれません。

私はこの舞台をみて、原作は読んでいませんが、他の作品とも共通する
谷崎潤一郎の限りなく性癖に近い美学がオリジナル通りに再現されていると感じました。
舞台全体の構成が、すごく肌を感じさせるというか、フィジカルにまとまっていたと
思います。
例えば、襖の開け閉めの音が、人の呼吸の音だったり。カナリヤを飛ばすシーンでの
着物を空間にすっと走らせる演出。建物の構造が輪郭だけを棒と、人の身体で表したり。
墓石のあるべき場所にその人自身が石のように座しているのも。
物質的なものを有機的な素材で再構成している感じでしょうか。
それとは対照的に、春琴が成人して、深津絵里さんにバトンタッチするまで、
ほぼ人形が、もしくは人形を演じている人間が、春琴として舞台上で演技をしていました。
それが、さすけの記憶の曖昧さ、その時間軸にそったグラデーションであったり、春琴の美しさの
失われてしまう直前、最高に美しかった瞬間へのグラデーションであったり。
ある意味では、全体のストーリー、演出が、永遠、完全なもの、有機的な意識、
かたちの無いものに至るまでの過程ともとれました。
それらが、盲目である春琴自身のもつイメージ、盲目という暗闇の中にある真実の
イメージに近いのではないかと。またそれを観客にイメージさせるという二重構造のイメージの
広がり。個人的にはとても楽しめました。
というか、わたしがいつものように深読みしすぎなのかもしれませんが、
やはり自分自身の肌感にしっくりきました。

ただ日本語でしかも昔ことばで、表現されたもともとの台詞を、外国人の方にとっては、
「文楽や歌舞伎といった日本の伝統芸能の持つ様式美を取り入れながら、
日本文化の本質」を、英語のサブタイトルを読みながら理解するのは大変だろうなと思いました。
英語はとてもシンプルで、使いやすいけど、日本語の言葉みたいな特有の含みを直訳するのは
至難の技でしょうね。逆もしかりですし。

でも拍手の量は確実に舞台の良さを物語っていました。
すばらしかったです。



\"shun-kin\"_e0140960_7103347.jpg

# by ayucof | 2009-02-20 07:12
現代美術のフィールドでよく言われているのが、今私たちが踏み込んでいる世界は
どういうカテゴライズをされ得るのかというと。
Modern-Post Modernときて、今回ロンドンのTate BritainにてAlter Modernという
名前が掲げられた。
Curatoreは、パリのPalais de Tokyo in ParisのNicolas Bourriaud。
以下前文。

"ALTERMODERN is an in-progress redefinition of modernity in the
era of globalisation, stressing the experience of wandering in time,
space and mediums. The term 'altermodern' has its roots in the
idea of 'otherness' (Latin alter='other', with the English connotation
of 'different') and suggests a multitude of possibilities,
of alternatives to a single route. It suggests that the historical
period defined by postmodernism is coming to an end, symbolised
by the global financial crisis.
But what era are we entering into? The times seem propitious for
the recomposition of a modernity in the present, reconfigured
according to the specific context in which we live-crucially, in the
age of globalisaton-and understood in relation to economic,
political and cultural conditions.

If twentieth-century modernism has mainly been a western
cultural phenomenon, altermodernity arises out of negotiations
between agents from different cultures and geographical locations.
Stripped of a centre, it can only be polyglot.
Altermodernity is characterised by cultural translation. The
archipelago and its kindred forms, the constellation and the
cluster, function here as models representing the ALTERMODERN.
They present the figure of the artist as homo viateor, a traveller
whose passage through signs and formats reflects a contemporary
experience of mobility.

This evolution can be seen in the way works are made: a new type
of form is apperaring, the journey-form, made of lines drawn both
in space and time, materialising trajectories, rather than
destinations, expressing a course or a wandering rather than
a fixed space-time.

ALTERMODERN art often functions as a hypertext, translating and
transcoding information from one format to another. Artists
wander in geography as well as in history, exploring a transcultural
landscape saturated with signs to create new pathways between
multiple formats of expression and communication."
Nicholas Bourriaud, February 2009


ちょっと考察はもう一度見に行ってからにします。
そしてその内訳文もつけたいと思います。

ただ、タイムリーで個人的にラッキーなことだと思うのは、
まさにグローバリゼーション、アーバニゼーション、カルチュラルダイバーシティー等々の言葉を
よりクリアーに、現実味をもって感じ、考えさせてくれるような環境に自分が今居れること。
いろいろと考えるところもありますが、私にとってのそれは、どちらかというと
歴史的事実よりも、哲学的な真実に重きを置かれることが多いので、
(つっても専門には勉強してはいませんが、限りなく近いと勝手に理解しているので)
そういう方向からぐわしと行きたいと考えております。

最近、モチベーションやら、パッションが足りてない私は反省しています。
そんなわけで、とりあえず手ぇうごかせ。さあ!さあ!

それから春にNew YorkのNew Museumで、ジーザスが死去した33歳という年齢よりも
若い50人のアーティストを、これもGlabalisationをメインコンセプトとして
キュレイションされるFine Artの展覧会があるそうです。
www.newmuseum.org/

それからベネチアビエンナーレもあるよ。
www.labiennale.org/it/
# by ayucof | 2009-02-20 06:12 | art


I don't drink coffee I take tea my dear
I like my toast done on the side
And you can hear it in my accent when I talk
I'm an Englishman in New York....

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# by ayucof | 2009-02-14 10:22 | music