自分のルーツ、作品の自己分析と位置づけが、論文の目的であって、
結局内側と外側の関係とか、そこにあるボーダーラインである、
表面や肌という流れになっているのが分かる。
そこから派生して、政治や、人種の文化的な境界だったり、建築やファッションとしての肌
だったり、皮膚感覚であったり、アンデンティフィケーションの話をしているみたい。

日本の漫画や小説で印象に残っているのも、諸星大二郎の作品で、人体の裏と表が
ひょいっとひっくり返る話だったり、江戸川乱歩の鏡地獄(これはジャニーズの嵐が実際に実験していた。)
だったり、手塚治虫のブッダで、どっかユニバーサルな空間ですべての人が融合していく描写だったり、
谷崎潤一郎の刺青だったり、田山花袋の蒲団(肌でかんじる記憶)だったり、、、

でも、別に人体がひっくり返ったさまなんて見たくないし、血も苦手だし、
融合してるさまもみたくないし、刺青は痛そうだからいれないだろうし、
自分の趣味とは関係ないんです。
私の場合は。

個人の趣味とは関係ないとはいえ、これを論文に差し込んで見せちゃうというのは、
ちょっとどきどきしちゃって、困る。
でも、ここはロンドンだし、美術大学院の論文だからありっちゃあり。
あとは、言葉上の表現の問題だ。

ところで、
芸術家、作品にどろどろした変態的な表現なんて求めてないんですよ、時代のセンスは。
(とわたしは思う。)
そういうセンスもきっと、最後のスタイリングでいかにアクセプタブルに消化させるか
なんだろーな。社会とコネクトするために。だって芸術家だって社会人なんだし。

とわたしは思う。
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# by ayucof | 2009-12-09 12:45 | thoughts
今、3000ワードの論文を書いている。
ケヴィン・ケリーの「複雑系を超えて」という本から、引用することを決めて、でもそれが
日本語エディションだったので、自分でよく考えずにさらっと翻訳して、とりあえずチューターに
見せたら、ちょっと英語がやはりミステリアス。と言われた。
図書館で原文見つけたので比較してみると、なんか納得。
本当にまだまだですね。

<日本語版原文>問題!
機械的なものと生命的なものとの重なり合いは年々増大し、言葉の上にも一体化現象が表れている。「機械的」とか「生命」とかいった言葉の意味が広がって、複雑なものすべて機械とみなしたり、自己を維持する機械すべてを生きていると感じ取ったりするようになってきたのだ。しかし単に意味の問題にとどまらず、二つの
トレンドが具体的な形で生じている。まず、(1)人の手でつくられたものが生物的な振る舞いを示すようになってきたこと。そして(2)生物が工学の対象になる機会が増えたこと。生物と製造されたものとの間にあるように見えたベールが取り払われ、実はこの二つが同じものであり、以前からずっとそうだったのだということ。
以上のことが明らかになってきている。生物や生態系として知られている有機的なコミュニティと、製造されたものの領域でそれに対応する、ロボット、企業、経済、コンピュータの回路などとの間にある共通の魂を、いったいどう呼べばいいのだろう?どちらのシステムも生物的な振る舞いを示すことから、私は作られたものとうまれたものを区別せず、「ヴィヴィシステム(生命システム)」と呼んでいる。

<私が翻訳してみたもの>解答!
Overlapping between mechanical things and life is getting increased as time goes by, and phenomenon of unifying appear on words as well. The notion of words, such as ‘mechanical’ or ‘life’ become broader, and every complicated things are regarded as machine, or people feel every machines which maintain themselves as if they are living. However it is not only problem on notion, but two trends generated in specific way. One is that things which is made by human behave like as creature, and another is that opportunities which life become object of technology increased. The vale which was looked between life and human made thing was disappeared, and actually these were the same from long time ago. Those were being made clearer. How can we call the common spirit between the organic community which is known as life or ecosystem and robots, companies, economic, and computer networks which correspond in the realm of products? We call it as ‘vivi system’ without distinguish of things man made and born, because both of those systems behave lively.

<英語オリジナル版原文>正解!w
The overlap of the mechanical and the lifelike increase year by year. Part of this bionic convergence is a matter of words. The meanings of "mechanical" and "life" are
both stretching until all complicated things can be perceived as machines, and all self-sustaining machines can be perceived as alive. Yet beyond semantics, two concrete trends are happening: (1) Humanmade things are behaving more lifelike, and (2) Life is becoming more engineered. The apparent veil between the organic and the manufactured has crumpled to reveal that the two really are, and have always been, of one being. What should we call that common soul between the organic communities we know of as organisms and ecologies, and their manufactured counterparts of robots, corporations, economies, and computer circuits? I call those examples, both made and born, "vivisystems" for the lifelikeness each kind of system holds.

造語と意訳が鍵ですが、「-的なもの」「-とかいったもの」は、英語から日本語にダイレクトに
翻訳できなかったからそうなっただけで、もともとはシンプルな言葉になってるのですね。
自分の解答は後から形容してなんとかしようとしてるらしい。
形容詞ってTheをつければ名詞になるんだ。

あと、'overlap' が自主的に増えるっていう原文に対して、私は増やされるという風にしたかったり。
自動詞か、他動詞か。
アカデミックイングリッシュだと、そっちのほうが正しいんじゃあないのかなー。

わからん。

一時帰国したときにでも先生に聞いてみよっ

あ、ヴェール veil を vale(谷)ってスペルミスしてるから、 gap か differences のが適当と
言われたのか。なるほど。

私も日本語まったく分からないから大丈夫よ。って慰めてくれたけど、
It doesn't work です。
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# by ayucof | 2009-12-08 14:04 | diary
やりたいことを100個。
今年の夢を100個。

以前一緒に仕事をしていた人のブログにそんなことが書いてあったし、
なんだか知ったほうがいいと思ったから書いてみよう。

100個別になくてもいい。

ここにいたい。
定期的な収入が欲しい。
美術を続けていきたい。
いつも美味しいコーヒーを自分の部屋では飲みたい。
暖かい場所があるといい。
お腹をやせたい。
韓国に行ってトッポキを食べたい。
整形とかしてみたい。
もっとたくさん道を歩けるようになりたい。
ちゃんと人を信用したい。
以前大好きだった人に胸を張って会いたい。
パンが失敗しないで焼けるようになりたい。
家族を思いつつも、わが道を歩みたい。
素敵なソファが欲しい。
英語でユーモアを自在に表現したい。
歌を歌いたい。
フルートとピアノをもう一度始めたい。
好きになっていい人を好きになりたい。
とてもいい作品を作りたい。
とてもいい作品を見て、感動したい。
計画性のある人間になりたい。
残ってる2本の親知らずを抜きたい。
お酒はそこそこ飲んでいたい。
英語のリーディングで、全体を把握したり記憶したりする能力を上げたい。
人に優しくしたい。
約束は100%守れるようにしたい。
捨てる勇気が欲しい。
旅をしてたくさん写真をとりたい。
ラッキーだったなって思うようにしたい。
好きな人が幸せになってくれればいいな。
私はそれで幸せになりたい。
おじいちゃんとおばあちゃんともっと話したい。
個展をやりたい。
コンペに通りたい。
いろいろと触ってみたい。
おいしいシャンパンを夏の暑い日に公園で飲みたい。
自分にすごく似合う帽子とサングラスを見つけたい。
かわいい下着を見つけたい。
人と尊敬しあいたい。
うっかりもう会えないと思ってた人に会ってみたい。
昔ついた嘘を謝りたい。
髪の毛の色を染め直したい。
もっと素敵になりたい。
長く履けるブーツが欲しい。
カメラを買いたい。
私の盗まれたラップトップが誰かを幸せにしてくれてたらいいな。
早く論文をまとめたい。


うーん…
さらっと出てきたので、47個。

もっとありそうだけど、とりあえず無意識で47個の目下の夢があるなら、
まあまあ前向きじゃないかと思う。

死ぬまでにできなさそうなことも言ってないみたいだし、
きっと半年くらい経ったら、半分は次の夢、欲?にスイッチしてるかも。
本当に難しいことなんて、そんなにたくさんはない。
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# by ayucof | 2009-12-01 14:58 | thoughts
またしても、半年空いてしまったのですが、また記憶を取り戻しながら再スタート。
英語もできるだけ書こうと思う。

I will restart to write this blog again with remambering my memories so far...,
although it's after a half of year.
I'm gonna write it in English as much as possible I can.

知らせが無いのは、良い知らせということで、特に書きたいことも無かったのかもしれないし、
恋愛したりしちゃうと、案ずるより産むが易しな私はただ行動していたのでしょう。

"No news means good news." (a japanese proverb) I guess the reason why
I didn't write anything was that there was nothing I wanted to mention about,
or I was in love with someone, and just enjoying it as along with a proverb,
"Doing is easyer than Thinking."

However I can remember several topics, which would be interesting during
6 months;

Frieze Art Fair 2009
Zoo Art Fair 2009
Walk in my mind in Hayward Gallery
Artist in Residence in Lake District with my class mates
Venice Biennale-Trip to Italy
my moving
my internship experience
friens left and came

and so on.

If I remembered more, would try to write...

英語がどれだけ正しいかは知りません。
時制を無意識に整えられたらだいぶましだろうな。

今度はどれくらい続くでしょうか。
How long is she able to keep writing this blog this time??
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# by ayucof | 2009-11-13 13:10 | thoughts
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Miroslaw Balka[Biography from Tate Modern Web Site] のアーティストトークに行ってきた。

彼はポーランド人のアーティストで、今回テートモダンのタービンホールの展示は彼の真っ黒な空間。
空間と説明した方がイメージしやすいと思うが、彼は彫刻家で、彼の作品は彫刻だ。
(って敢えて言っていた気がする)
タイトルは ”How It Is”、日本語にしたら多分、”どのように(在る)”っていう感じ。
ブラジル人のキュレーターとポーランド人のアーティストの会話は、英語としては
すごくポッシュなものではなかったので、むしろ聞きやすかった。
この作品についての彼自身の説明は、
「すごくシンプルで、これはただ存在だ。わたしは、コンセプチュアルアーティストではないから、
そんなに多くの言葉は用いない。言葉の代わりにジェスチャーをするならこう(How it is と
言いながら両手を動かし、)、これがこの作品。身体性とエロティックな影、これはとても彫刻(的)だ。」
ということ。

因みに、ブラジル人のキュレーターは、先入観もあってやたらとホロコーストに対する感情について、
この作品に絡めて話をしたがっていたけれど、Miroslaw本人的には、”ホロコーストは数ある
レイヤーの中の一層、ひとつの始まりでしかない”とのこと。

確かに今までの作品にはプラクティカルな問題を取り入れたものも多かったし、私自身あの作品から
引き起こさせられずにはいられない意見だと思うが、1958年、戦後10年以上経って生まれて
さらに自我が育つまで15年程かかっていたら、ホロコーストの事実はもちろん重大でも
リアリティとして強い爪あとを残したわけではないのかもしれない。


さらに、このアーティストトークの冒頭に彼らが映していたスライドは、Miroslawの
気になるワードたちで、たとえば、最後の審判、プラトンの洞窟の比喩、カニバリズムとセっクス、
ノアの箱舟、ブラックホール、それからもちろんショアーであったり、どうやらもともとのセンスが
ちょっとゴシック、ブラックなものらしい。


来日した時は、大阪の子供たちと”暗闇の役割”についてのワークショップをしている。
でも、一方で大阪の民家から使いかけの石鹸を集めて、彫刻作品を作ったりもしている。

彼が言っていた、”アートは経験である。”という言葉は、私にとってもすごく納得できる言葉で、
特に彫刻をやっている人には同意してもらえるんじゃないかと。
よく、美術ってわかんないんだよねっていう人がいるけど、今後わたしは経験ですよ、と
教えてあげる予定。

自分の作品が以前よりアブストラクトになってきた過程で、言葉自体のアイコンの強さと、
作品の距離に戸惑っていた私にとって、今回のMiroslawのフィジカリティーに対する言及は、
とても助かりました。

彫刻の定義についても、日本と西洋では違うという認識が以前は強かったけれど、
最近は、結局探しているものは同じだという気がする。
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# by ayucof | 2009-10-20 16:08 | art